
東京・表参道の小さなオフィスで夜を徹して働く刹那と凛。彼女たちは「株式会社インベスターアイ」を立ち上げ、不動産業界の闇に切り込む女性起業家コンビである。芸能界に顔が広い朝比奈麗子の法的迷宮案件が片付いてから丸二ヶ月が経つ。
*青山に眠る法的迷宮物件編の詳細は下記リンクを参照↓
第72話 ストーリーモード15 不動産編 刹那と凛Part2 『青山に眠る法的迷宮物件~前編~』 – インベスターeye’s 株ブログ『登竜門』
第73話 ストーリーモード16 不動産編 刹那と凛 Part3『青山に眠る法的迷宮物件~後編~』 – インベスターeye’s 株ブログ『登竜門』
最近インベスターアイの電話は鳴り止まない。麗子が芸能界の知り合いたちに「魔法のような不動産コンサルタント」と吹聴してくれた影響で事務所には胡散臭い投資話から本気の相談まで、ありとあらゆる案件が雪崩れ込んでくる始末だ。
「あかん、またサーバー落ちそう…。問い合わせフォーム、ボットにやられてるんちゃう?」
凛がキーボードを叩きながら悲鳴を上げた。画面は未読メールの山である。

刹那は苦笑いしながらコーヒーを淹れる。
「嬉しい悲鳴ではあるけど・・選別しないとね。私たちの強みはお客様に対してのきめ細やかなケアだから。」
その瞬間、オフィスのドアが乱暴に開いた。
予約なしで現れたのはダークネイビーの仕立てのいいスーツを着た男。鋭い目つきと隠しきれない焦りの汗が見えた。
大手ディベロッパー「帝都グローバルエステート」の用地仕入部長、権田だ。
「如月代表だな。麗子さんの紹介で来た。単刀直入に言おう。時間がない。」
権田は名刺をテーブルに滑らせると、すぐにタブレットを取り出し地図を表示した。

「場所は西麻布三丁目で400坪の更地。この一等地をうちが15億で買い取る話が進んでいるんだ。」
凛が横から覗き込んで、思わず口笛を吹いた。
「西麻布で400坪? 15億なら相場の半額以下やな。でもそんな優良物件がなんでうちに?」
権田は続けた。
「売主は西園寺公彦で78歳の資産家、現在重度の心臓病で北海道の療養所に入院中だ。コロナ以降、極端な潔癖症になってしまって対面での面談を一切拒否している。」
刹那の眉がピクリと動く。
「対面なしで15億の取引……? それはいくら何でも本人確認(KYC)のリスクがあまりにも高すぎます。」
「わかってる!」
権田が声を荒げた。

「だがライバルも同時に動いてる。西園寺氏は『一番早く契約できるところに売る。』と言い張っているんだ。登記識別情報、印鑑証明、パスポート写し…書類は全部完璧だ。あとは『本人確認』さえクリアできれば明日にも決済できる。おたくのAI技術でオンライン面談の真正性を証明してくれ。報酬は仲介手数料とは別に1,000万払う。」
刹那と凛は顔を見合わせた。焦らす買主、会えない売主に完璧すぎる書類・・。不審な点は拭えない。
「…わかりました。ただし条件があります。」
刹那は静かに言った。
「オンライン面談には私たちも同席させてもらいます。独自のシステムで解析も入れます。少しでも疑念が出たら取引は即中止でお願いします。」
権田は深々と頷いた。
「もちろんだ。今夜20時にZoomで繋ぐことにする。」

夜のオフィス、モニター前に刹那・凛・権田が並ぶ。
画面が切り替わると殺風景な白い部屋が現れる。そこに座っていたのは白髪の品のいい老人―西園寺公彦。鼻には酸素吸入器からチューブが繋がれている。

『…お待たせしましたかな。西園寺です。』
掠れた声だが言葉ははっきりしている。
刹那が丁寧に頭を下げる。
「はじめまして、株式会社インベスターアイの如月刹那です。本日は売却の意思確認をさせていただきます。」
『うむ。早くしてくれ。医者がうるさくてね。』
西園寺はパスポートをカメラに掲げ、生年月日、住所、干支の質問に淀みなく答える。所有権移転の意思も明確だ。
権田がホッと息を吐く。
「どうだ如月、問題ないだろう。これで決済に―」
刹那は画面の中の老人の「目」をじっと見つめた。
言葉には表現し難いが、何か違和感を感じる。
会話は成立している。表情も自然。咳き込む仕草さえリアルだ。
しかし感情がない・・。15億の資産を手放すのに、あまりにも迷いがなさすぎるのではないだろうか。
その時、凛がデスクの下で刹那の足を軽く蹴った。
チャットツールにメッセージが流れる。
『刹那、時間を稼いで。今うちが開発したディープフェイク検知アルゴリズム『TruthEye』で解析中や。』

刹那は平静を装いながらさらに質問を重ねた。
「西園寺様、一つだけ質問が。その土地にある古井戸ですが、あれは埋め戻されましたか? 祖父の代から大切にされていたと聞きましたが。」
登記簿には載っていない、現地調査と近隣聞き込みで掴んだカマかけ情報だ。
画面の西園寺は一瞬だけ瞬きを止めて微笑んだ。
『ああ、あれはもう埋めましたよ。迷信など気にしませんので。』
刹那の中で何かが腑に落ちた。
「…ありがとうございます。取り急ぎ本日は以上となります。また明日以降に詳細の手続きをお願いいたします。」
通信が切れた瞬間、権田が立ち上がる。
「よし! 明日一番で振込手続きを―」
「待ってください、権田さん!」
刹那の声が鋭く響いた。
「取引は中止の方向で進めましょう。あの西園寺氏は偽物の可能性があります。」
「なんだと!?」
権田が掴みかからんばかりに詰め寄る。
「ふざけるな! 免許証もパスポートも本物だったぞ!他の業者に先を越されたら俺の立場は・・。」
凛がメインモニターに解析画面を映し出した。
「ほなこれを見てくださいな。ディープフェイク検知アルゴリズムの結果です。」
画面には西園寺の顔に赤いグリッドがびっしり。凛が動画を拡大しスロー再生した。
酸素チューブを直そうと手が顔に近づいた瞬間、指先と頬の境目がわずかに滲んでノイズが走った。

「『オクルージョン処理』のバグや。顔の前に物が通るとAIの描画が一瞬遅れる。今の技術でもリアルタイムでここを完璧にするのは無理。つまりあの爺さんは恐らくCG。中の人は別人…いや、AIが自動応答してる可能性すらある。」
権田は顔面蒼白で椅子に崩れ落ちた。
「そんなバカな…。。ビデオ通話そのものが作り物なんてあり得るのか…。」
刹那は冷たく告げた。
「これが最新の『AI地面師』です。俳優すらいらない。恐らく西園寺氏の過去動画と音声を学習させてリアルタイム生成しているんです。」
「じゃあ本物の西園寺氏は……?」
凛がキーボードを叩く。
「IPも逆探知しました。接続元は北海道の療養所やないです。これは大阪なんばの雑居ビル・・ですね。」

さらに凛の顔が強張った。
「待って…西園寺さんのSNS裏ログ解析したら、スマートウォッチの生体データがクラウドに残ってるんやけど。」
「生体データ?」刹那が答えると・・。
「心拍数。…3日前から『ゼロ』のままなんや。」凛は言いにくそうに呟いた。
部屋の空気が一瞬で凍りついた。この案件は地面詐欺のレベルじゃない。殺人事件の可能性すらある。
「西園寺さんは亡くなってるか、もしくはウォッチを外されて監禁されてるか…。いずれにせよ相手はただの詐欺師じゃない。人を殺してでも土地を奪うプロの犯罪組織や。」
その時刹那の携帯電話が鳴った。深夜の静寂を切り裂く電子音。発信者番号は「非通知」!!

刹那が電話を取る。
…しかし無言で切られた。
刹那は携帯を握ったまま凛と権田を見た。
「何者かは分かりませんが盗聴器が仕込まれているのかな・・!?これは予感的中ってところでしょうか。でも引くわけにはいかない。これを見逃せば奴らは味を占めて次々とターゲットを選定する。」
権田が震える声で呟く。「警察に行った方が…。」
「いえ、まだ証拠が足りません。」刹那は即答した。
「ディープフェイクのノイズ疑惑だけじゃ警察は動かない。それに今動けば、本物の西園寺氏―あるいは遺体が隠滅される恐れがあります。」
凛が不敵に笑う。
「売られた喧嘩は買うたるわ。相手がAI使うならこっちもフルパワーでやり返す。デジタル空間のかくれんぼ、どっちが強いか見せたるで。インベスターアイの意地や。」
刹那はホワイトボードに文字を書き足した。
【ターゲット:AI地面師シンジケート】
【ミッション:西園寺氏の捜索及び取引阻止】

「権田さん、明日以降も取引を続けるふりをして下さい。決済の場におびき出しましょう。そこで奴らの『顔』を剥ぎ取ります。」
闇に潜む見えない敵との命がけの騙し合いがこれから始まろうとしていた。
(②に続く)
用語説明
地面師(じめんし)・・不動産をめぐり土地の所有者になりすまして架空の売却を持ちかけ、代金をだまし取る詐欺を行う者、もしくはそのような手法で行われる詐欺行為のこと。
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