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第93話 リンセツ!!不動産ラビリンス Part7『呪われた特定空き家』後編

光が消えた瞬間、刹那はドアノブを引いた。

蝶番が軋み、闇の奥から硬い声が飛んできた。

「…誰だ!?」

懐中電灯に浮かび上がったのは、幽霊でも、消えた少年でもない。パソコンとスマートフォンが何台も並べられた折り畳みテーブル、電源タップの束、そして名簿らしき紙の山を背に若い男が数人こちらを睨みつけていた。壁には「還付金」「息子」「至急」と書かれた台本らしきメモが貼られている。

「凛、離れて。」刹那が腕で凛を庭側へ制した瞬間、部屋の奥からもう一人、体格のいい男が立ち上がった。

「まずいな…見られた。」低い声が響いた瞬間、空気が変わった。

「探偵気取りがこんな時間に何しに来やがった。」男の一人がゆっくりと距離を詰めてくる。もう一人が玄関へ回り込み、退路を塞ぐように立ちはだかった。刹那が身構えたその時、リーダー格らしき男の手元で鈍い光が閃いた。

「声を出すなよ!?」刃先が刹那の目の前、数十センチの距離でゆらりと揺れる。凛が息を飲む音がやけに大きく聞こえた。

「刹那!?」凛の声が震える。

「動かないで。」刹那は視線を刃物から外さないまま低く囁いた。心臓が痛いほど速く打っている。だが表情だけは崩さなかった。「あなたたち、これ以上罪を重ねるつもり?傷害まで加われば、量刑は一気に跳ね上がりますよ。」

「うるさい!お前らこっちに来い。」男が顎で勝手口を示す。もう一人が凛の腕を掴み、無理やり歩かせようとした。

「離して…っ。」凛が抵抗するが、刃物を持つ男が一歩詰め寄り切っ先が刹那の頬すれすれをかすめる。ひやりとした感覚に二人の足が竦んだ。

(誰か、気づいてよ!!)

刹那の脳裏に、西園寺の顔がよぎる。だがスマホはポケットの中、取り出す隙すらない。廊下の奥、玄関へ続く光は塞がれたまま。逃げ場はどこにもなかった。

勝手口へ向かって歩かされながら、刹那は必死に時間を稼ぐ言葉を探した。

「せめて教えてください。この家、どうやって見つけたんですか。特定空家に指定されそうな物件を、あなたたちはどうやって…。」

「登記簿と固定資産税の滞納情報だよ。」男が苛立ちながらもなぜか口を開いた。「所有者不明か、施設に入って身動き取れない年寄りの家を探すのはそう難しくない。役所の公示や近隣の噂話を拾うだけでいい。」

「庭から聞こえた子どもの声もあなたたちの仕掛けですか!?」

「あれか。」男が鼻で笑う。「園芸用品店で売ってる防犯人形を改造しただけだ。人感センサーで反応してしゃべる。安いオモチャだよ。噂と組み合わせりゃ、誰も庭になんて近づかない。」

刹那はわずかに時間を稼ぎながら聴覚を研ぎ澄ませた。遠く、本当に微かに―サイレンの音が聞こえた気がした。空耳かもしれない。だが縋るしかなかった。

刃物の男が勝手口のドアに手をかけたその瞬間・・。

外から、複数の足音と無線の音が一気に近づいてきた。

「警察だ!!全員動くな!」

玄関と勝手口、両方の光が同時に弾けた。パトカーのライトが窓越しに乱反射し、室内が真昼のように照らされる。刃物を持った男の手が一瞬止まった。

「くそっ……!」

その隙を刹那は逃さなかった。「凛、今よ!」体を捻り、男の腕を振り払いながら凛と共に廊下へ転がるように離れる。刃物の男は舌打ちし、テーブルの陰から庭側の塀を飛び越えて姿を消した。他の男たちも、パソコンや名簿を置き去りにしたまま暗闇の路地へと散り散りに逃げていく。警官が数人後を追ったが、入り組んだ住宅街の隙間を伝って、彼らはあっという間に見えなくなってしまった。

凛が廊下にへたり込む。「刹那、大丈夫か!?」

「なんとか。」刹那の声も、まだ震えていた。「本当にぎりぎりだった。。」

駆けつけた西園寺が青ざめた顔で駆け寄る。「刹那さん、凛さん!巡回中の警官がたまたま近くにいて通報から数分で来られたそうです。もう少し遅かったら…。」

「考えたくないですね、それは・・。」刹那は乱れた息を整えながら力なく笑った。

現場には特殊詐欺の「かけ子」「受け子」を統括する拠点特有の設備一式が残されていた。名簿、台本、複数の通信端末——押収された物証だけでも、相当な規模の組織が動いていたことが窺える。庭の茂みからは改造された防犯人形も見つかった。センサーに反応して「いち、にい、さん……」と幼い声を再生する、市販品を流用した仕掛けだった。だが刃物を持った男を含む実行犯たちは、地の利を活かして煙のように消えてしまった。

一夜明け、落ち着きを取り戻した二人は、あらためて経緯を整理していた。

「結局幽霊の噂って、あいつらが流した作り話やったんやんな。あの人形の声まで…。」

「そう。」刹那がうなずく。「十年以上放置された空き家を見つけて、まず『昔ここで子どもが消えた』という噂を流し、防犯人形を庭に隠して人が近づくたびに子どもの声を再生させていた。特定空家になるほど放置された家は行政も所有者確認に時間がかかるし、近隣住民も敬遠する。そこに怪談を重ねれば、誰も敷地に近づかなくなる。」

「めちゃくちゃ悪知恵働くな…。しかも、家探しの手口が登記簿と税金の滞納情報て、なんか妙にリアルで怖いわ。」

空き家の管理不全は犯罪の温床にもなる。所有者が施設に入って以降、固定資産税は口座振替で淡々と引き落とされるだけで誰も現地を見ていなかった。だからこそこういう事態に気づけなかった。」

「これから家はどうなるん?」

「行政から所有者、または委任を受けた管理者に速やかな管理是正の指導が入るはず。修繕して賃貸に出すか解体して更地にするか、空き家バンクに登録するか。何にせよ放置は終わらせないと。」

「刹那、しかしうち、今日ほど死ぬかと思ったことないわ……。」

「同感。でも、逃げた連中がまた別の空き家を狙う可能性がある。今回の手口、他の特定空家所有者にも警鐘として発信すべきね。」

住宅街にようやく夏の虫の声が戻ってきた。だが二人はしばらく震えが止まらなかった。

<用語解説>

特定空家等…「空家等対策の推進に関する特別措置法」に基づき、倒壊の危険や衛生上有害な状態と市区町村が認定した空き家。指定されると固定資産税の住宅用地特例が解除され税額が最大6倍になるほか、行政指導や行政代執行(強制解体)の対象にもなり得る。

空き家の管理不全と犯罪利用…長期間放置された空き家は、特殊詐欺グループの拠点や薬物の隠し場所など、犯罪インフラとして利用されるケースが近年問題視されている。所有者には民法上の管理責任(工作物責任等)が及ぶ可能性もあり、放置は法的リスクにも直結する。

登記簿・固定資産税滞納情報の悪用…不動産登記簿は原則誰でも閲覧可能であり、所有者情報や抵当権設定状況が確認できる。悪意ある第三者が、施設入所や認知症等で管理が及ばなくなった所有者の物件を特定する手がかりに利用するケースもあり、所有者不明・管理不全不動産のリスクとして指摘されている。

第94話に続く

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