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第98話 リンセツ!!不動産ラビリンスPart8 浅草編〜百年蔵の相続人〜エピソード1 雷門裏に忍び寄る影

第一話「雷門裏に忍び寄る影」
【主要人物紹介】
如月刹那(きさらぎ せつな)| 株式会社インベスターアイ 代表取締役・法務担当
冷静沈着で判断力に優れる法務のプロフェッショナル。感情より論理を優先するが依頼人の事情には人一倍誠実に向き合う。関東弁で淡々と話す一方、譲れない一線には静かな芯の強さを見せる。今回の事件では権利関係の裏に潜む「組織的な意思」の存在にいち早く気づくことになる。

橘凛(たちばな りん)| 株式会社インベスターアイ 運用部長・IT戦略担当
天真爛漫で行動力抜群。ITとデータ分析のエキスパートで法人登記や資金の流れを掘り起こす調査力はプロ顔負け。関西弁で場を和ませながらもいざという時の勘の鋭さはリンセツコンビの武器のひとつ。

田村源造(たむら げんぞう)| 老舗和菓子店「三日月堂」三代目当主
浅草・雷門裏で百二十年続く土蔵造りの店を守り続ける頑固一徹の主。「先祖代々の土地は命に代えても売らん」が口癖。再開発計画に唯一反対し続ける。

田村美咲(たむら みさき)| 三日月堂 四代目・源造の孫
父を早くに亡くし祖父の源造に育てられた。祖父を失った衝撃の中でインベスターアイに真相究明を依頼する。


蟇目啓一(がまめ けいいち)| 雷門通り商店会・会長
再開発計画を強力に推進する立場。表向きは「浅草の未来のため」を掲げるがその裏で大手デベロッパーとの黒い結びつきが噂される第一の容疑者。

神崎徹(かんざき とおる)| 老舗せんべい店「神崎堂」当主
三日月堂とは長年の商売敵にして幼馴染。表面上は友好的だが源造との間には誰も知らない因縁が横たわる。

田村隆一(たむら りゅういち)| 源造の息子・美咲の叔父
若い頃に家業を継ぐことを拒み家を出た人物。十年以上没交渉だったが事件直前から突然実家に出入りするようになっていた。


極限グループ(きょくげんグループ)
浅草一帯の再開発を裏で牽引する巨大デベロッパー。表舞台には姿を見せず地元の商店会や政治家を通じて計画を進める事件の陰に潜む存在。

雷門の大提灯が雨に濡れて滲んでいた。
観光客の姿は疾うに絶え仲見世通りのシャッターは一様に閉じている。だがこの街には昼の顔とはまるで別のもうひとつの顔がある。百年続く暖簾の裏で誰にも知られず動き続ける金と欲望の顔だ。
その裏路地の奥、土蔵造りの店構えだけが闇の中で妙な存在感を放っていた。三日月堂―田村源造が三代にわたって守り続けてきた店。

深夜二時。田村源造は帳簿の束を抱えたまま土蔵の暗がりに息を潜めていた。灯りはつけていない。つけられなかった。つければ自分の居場所を教えることになる。
―今夜も来る。
この数週間、夜になるたび蔵の外に気配がした。爪先立ちで歩くような足音。息を殺す誰かの視線。今夜はそれがこれまでよりずっと近い。
きしり、と重い扉が軋んだ。雨音に紛れて聞き逃してもおかしくないほどかすかな音だった。だが源造の耳はその音を聞き逃さなかった。
「…誰だ。」

震える声で闇に向かって問う。答えはない。外灯の光を遮るように扉の隙間から人影がひとつ音もなく滑り込んでくる。
「儂の土地は儂のものだ。何度言えば分かる。」
影は答えずゆっくりと間合いを詰めてくる。源造は帳簿を胸に抱きしめた。まるでそれが自分の生きてきた証そのものであるかのように。
「これを渡すとでも思っているのか。」
言葉を吐き終えた瞬間、蔵の空気が大きく揺れた。積み上げられていた木箱が崩れ落ち、乾いた埃が舞い上がる。もがくような物音がしばらく続き、やがて途切れた…。そして静寂だけが残った。

遠くで古い柱時計が二時半を告げていた。
扉が再び軋み、影は現れた時と同じように雨の闇へと溶けて消えていった。土蔵に残されたのは崩れた木箱の山とその下敷きになった源造の姿。そして握りしめられたまま床に散らばった帳簿の紙片だけだった。

それから10日後、刹那と凛は表参道を歩いていた。
雷門裏の三日月堂から不動産の権利関係で相談を受けていたのだが、当主の源造が急に亡くなったとの連絡を受けたのだ。

「刹那、美咲さんから連絡あったで。」
橘凛の声がいつもの明るさを失っていた。タブレットを持つ手が微かに震えている。
「祖父の遺品を整理していたら変な書類が出てきたって。すぐに来てほしいって言うてはる。」
刹那は無言で頷きコートを羽織った。

雷門をくぐり、観光客の喧騒から一歩奥へ入ると街の空気は一変する。土産物屋の裏に隠れるように延びる路地。かつて花街だった名残の格子戸。そのどれもが表通りの賑わいとは無縁の静かな重みを湛えていた。
三日月堂に着くと黒漆喰の土蔵は相変わらず堂々とした佇まいを見せていた。だがそこに漂う空気はあの日とはもう違っていた。源造の死からまだ十日。店先には花が手向けられ線香の匂いが微かに漂っている。
美咲は青白い顔で二人を迎えた。

「警察は事故か自殺かまだ判断がつかないって……。でも私、絶対に違うと思う。」
「なぜそう思われるのですか。」
刹那の問いに美咲は震える声で答えた。
「祖父は殺される前――『妙な視線を感じる』『店の裏に見慣れぬ車が停まっていた』って言っていました。あれはただの気のせいじゃなかったんです。」

凛がタブレットを取り出し静かに口を開く。
「刹那、うちの方でも独自に調べとってん。雷門通りの再開発計画、その裏にはある巨大デベロッパーがおる。表には出てけえへんのやけど、資金の流れを追うと『極限グループ』の名前が浮かび上がってくる。」

「極限…。商店会長の蟇目氏が進めてた計画の本当の金主ってわけか。」
「せや。しかもこの一帯の地権者の中で最後まで首を縦に振らへんかったのが源造さんやった。周りは次々と売却に応じていく中、たった一人意地を張り続けとったんよ。」
刹那は静かに目を伏せた。

「利権が絡む土地は往々にして血を吸う。」
美咲が古びた封筒を差し出した。
「これ、祖父の文机の奥から見つかりました。宛先も差出人もない手紙です。」
刹那が中身を開くとそこには一行だけ乱雑な文字でこう記されていた。


「これ以上意地を張れば、次はお前の番だ。」
凛の顔から血の気が引いた。
「これ…脅迫状やん。しかも『次は』って…。」
「つまり源造さんの前にも何かがあったってことだ。」
その時、暖簾の外に人影が差した。振り返ると恰幅の良い初老の男―蟇目啓一が神妙な顔でこちらを見ていた。
「美咲さん、お邪魔して申し訳ない。ただ源造さんのことは儂も本当に無念でならんのです。」

その言葉とは裏腹に蟇目の目には落ち着かない光が揺れていた。刹那はその視線の動きを見逃さなかった。
「蟇目さん。源造さんが亡くなる直前、あなたと言い争っていたと伺っています。」
「そ、それは…単なる商売上の意見の違いです。まさか儂を疑っておられるのか。」
「疑ってなどおりません。ただ事実関係を確認しているだけです。」
蟇目は何かを言いかけて結局口をつぐみ、逃げるように店を後にした。

入れ替わるようにしてせんべい店の主・神崎徹が姿を見せる。その表情にはどこか達観したような、それでいて底の見えない翳りがあった。
「源造さんの件、心よりお悔やみ申し上げます。…ただ正直に言えば驚いてはいないんですよ、私は。」
「どういう意味でしょうか。」
「あの土地には昔から良くない話が付きまとっていた。源造さんも私もそれを知りながら黙っていた側の人間だ。」
神崎はそれ以上語らず静かに頭を下げて去っていった。

そして夕暮れ時、最後にやってきたのは田村隆一だった。父の死を悼む素振りも見せず、どこか苛立った様子で店の中を歩き回っている。
「なあ親父の遺産…あの土地の権利は結局どうなるんだ。」
「隆一さん、今はそんな話をする時では―」
美咲が声を上げるが隆一は取り合わない。
「俺にだって権利はあるはずだ。長年実家に寄り付かなかったことは謝る。だがそれとこれとは別の話だろう。」
刹那は静かに、しかし鋭く隆一を見据えた。
「隆一さん。あなたが実家に出入りするようになったのは亡くなる約二ヶ月前からだと伺っています。何かきっかけがあったのですか。」
隆一の顔が一瞬強張った。
「…別に。ただ年を取って親父のことが気になっただけだ。」
その答えに明らかな嘘の気配があった。

夜、事務所に戻った刹那と凛は集めた情報を並べて向き合っていた。窓の外では雨がまだ降り続き、遠くに浅草寺の鐘の音がひとつ響いていた。
「蟇目、神崎、隆一それぞれに源造さんの死で得をする理由がある。せやけど誰も決定的な証拠がない。」
「そしてその全員の背後に極限グループっていう巨大な影が横たわってるってわけだ。」

刹那は脅迫状をそっと机に置いた。
「凛。この事件は単なる遺産争いや近隣トラブルじゃ終わらない。誰かが―あるいは何かがこの土地から立ち退かない者を組織的に排除しようとしてるんだ。」
凛の顔からいつもの陽気さが消えていた。
「刹那…もしそれが本当やったら。次に狙われるのは⁉︎」

言葉を止めた凛の脳裏に美咲の怯えた顔が浮かんだ。
その夜遅く、刹那の携帯が再び鳴り響いた。震える声で美咲が告げる。

「刹那さん!神崎さんが…。神崎堂の前で殺されているのが見つかったそうです。」

刹那と凛は無言のまま顔を見合わせた。

同じ頃、浅草の街を見下ろすどこかの窓辺で一本の電話が静かに切られた。

灯りの落ちた部屋に人の輪郭だけがぼんやりと浮かんでいる。手元では何かの紙が一枚、炎に触れ黒く縮れながら灰になっていく。その炎の揺らめきが束の間、男とも女ともつかない横顔を照らし出し、すぐにまた闇へと沈んだ。

窓の外には雷門の提灯が今夜も雨に濡れて赤く滲んでいる。だがその下にはまだ誰も知らない何者かが確かに息を潜めていた。

浅草編 百年蔵の相続人エピソード2に続く

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サラリーマン投資家。Xを運用開始して約8年、2024.11よりブログ開始

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